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Diary


6月13日(金)

目覚めるとすでに朝。

強い日差しが差し込んでいた。

あれ、ここはどこだ〜?

自分は機内にいて、機内上映の映画「シカゴ」も見過ごし、とっくに配られた朝食も寝過ごしていたことを確認した。昨夜、21時半に関西空港を離陸し、機内の夜食を食べ終えてからどうやら今までぐっすりと熟睡していたらしい。飛行機でだけは一睡もできなかった体質だったのに珍しかった。

頭がずきずき痛かった。目も腫れていた。家族や友達に見送られて感動のあまりに号泣してしまったせいだろう。眠る直前は、今までのことのフラッシュバックやこれからの予定や期待と不安で頭の中が洪水のようにぐるぐるまわっていたことを思い出した。なるほど。それにしてもひどい顔だった。そして全てがうそみたいに思えてきた。

着陸が近づいたのか、フライトアテンダントが入国カードと税関・検疫申告書を配り始めた。入国カードには、氏名や生年月日、パスポート番号など簡単な必要事項を記入し、税関・検疫申告書の質問は丁寧に答えた。オーストラリアは、検疫が非常に厳しいので有名だ。食べ物はあるかという質問には、ポッキーとビスコと抹茶のいずれも密封されたものしかなかったが、食べ物には違いはないので「はい」と答えた。土、あるいは土の付着したものを持ってきたかどうかとの質問に対しても、靴裏についているのも含むらしく(!)、靴二足をスーツケースに入れておいた私は、「はい」と書いた。正直を通り越して神経質だろう、と自分でも思った。でも万が一罰金されるのは御免。動植物製品は原則持ち込み禁止なのだ。生態系の保護のためだというが、それにしても圧倒されるほど細かい。

そう思っているうちにブリズベンに到着した。

そこからメルボルンへの乗り継ぎは、予想以上にスムーズに進んだ。入国審査を通り、キャルセールでスーツケースを取り、税関・検疫での申告も何もひっかからず無事済んだ。そして国内線のチェックインを済ませ、メルボルンへ向かった。

相当疲れていたのか、メルボルンまでまたもや爆睡していたらしい。起きるとすでに着陸寸前だった。窓越しから見える景色は、四方八方に緑に広がり、都市部に近づくと高層ビルや住宅地がぽつぽつと現れてきた。見事に着陸。

…始まったぞ!

息を飲み込んだ。

 税関を抜けてバゲージクレームに行くと、留学生空港送迎専用のおじさんが待っていてくれた。大学に頼んでおけば、無料空港送迎を手配してくれるのだ。とてもフレンドリーなおじさんで、旅はどうだったか、オーストラリアは初めてか、寒くはないか、両替はしたか、テレフォンカードはいらないか、などと気を遣ってくれた。コース開始まで一ヶ月以上あることを伝えると、今度は退屈にならないためにとあらゆるパンフレットをかき集めてくれて、一枚一枚説明してくれた。面倒見がよく、ひとりぼっちの私にはその優しさがとてもありがたかった。

 向かった場所は、短期滞在先のUniversity City Apartmentsというメルボルン都心部に立地されている学生用マンション。学寮に入るまでの一ヶ月間をここに一人で暮らす。そこに至るまでの道のり、おじさんはいろんな説明をしてくれた。メルボルンは東西南北に分かれていて、CBD(都心部)は、スワンストン・ストリート、エリザベス・ストリート、バーク・ストリート、コリンズ・ストリートの4つのメインストリートがあるということ、その他いろんなストリートで基盤の目のように区画されているからわかりやすいということ(京都を思い出した)など。それを聞きながら、ふと見上げた空の広さに目を見開いた。空は果てしなく、まるでドームのように視覚に入る全景色を包み込むようだった。ここは街路樹が多く、庭園もところどころに造られているところから別名“ガーデン・シティ”。英国譲りのビクトリアン様式の古い建物や近代的な新しい建物が妙に調和されているように見えた。空はどんよりとした曇り空で、全体的にグレイがかかった街並。都心部に入ると、これが何ストリート、あれが何ストリート、と細かく教えてくれ、クイーンビクトリアマーケットという市場の横を通れば、ここのジャムドーナッツは最高においしいんだ、などとそんな詳しいことまでも言ってくれた。おじさんは放っておくと見事なガイドさんだった。そして、メルボルンの都心部のみ従わなければならない運転ルールも教えてくれた。どうやら交通を潤滑にするために、数車線ある交差点では右折をする時に一番左のレーン入り、交差点を直進し、そこで待機し、信号が青になると右折というちょっぴり複雑そうに聞こえるルールだった。郊外では、右折は普通に右レーン入るらしい。

 到着先は、大理石張りロビーのきれいな場所で、レセプションのお姉さんもフレンドリーで、事は淡々とよいテンポで進んだ。一ヶ月分滞在費は前払いということで、近くの銀行で日本円T/Cを両替し、戻り、支払い、部屋へ連れていってもらった。

 部屋は、マンションの最上階にあり、真っ白で広いすてきな部屋だった。家具は全てセーブル色の木材で、シングルベッドが大きな窓のそばにあり、その横には大きな机、ベッドサイドテーブル、そして二人用のふかふかなバーガンディー色のソファがあった。私には今のところ意味不明なアブストラクトな絵画が壁にかけられていた。広いキッチンもあり、湯沸かし器というかケトルがあり、必要最低限の食器、コップ、マグカップ、フォーク、ナイフ、スプーンなどもそろっていた。フライパンや包丁など料理道具は置いてなかったが…。シャワー室には気にならない程度のカビが少々こびりついていた。お手洗いと洗面所は広く真っ白だった。この季節には涼しすぎるほど広くて白い部屋だ。

 スーツケースをアンパックし終えた後、買出しリストを作り、外へ繰り出した。雨が降り出していた。もう午後3時くらいになっていた。曇り空で5時みたいな感じがした。レセプションのお姉さんに、近場のスーパーやデパートや中華街やマーケットの場所を教えてもらい、散策開始。

 おじさんの言う通り、メルボルン都心部の通りはわかりやすい。ひどく方向音痴なこの私でさえも特に苦なく歩ける。通ったバーク・ストリート周辺は中華街で、アジア系のお店が立ち並んでいた。カフェも多く、デパートやショッピングアーケードもあった。耳に入ってくるのは主に英語だが、基本的にいろんな言語が飛び交う。

 プラグアダプターを一つ買い、TELSTRAという大手会社の携帯電話購入の説明を聞いた。オーストラリアに着いたばかりの私には4つの選択肢があるという。一つ目は、プリペイド形式にする。それは機種が限られているが、どうしても新機種がよいのなら、二つ目のオプションとして新機種でもプリペイドカードで通話料などをまかなえる方法があるとのこと。契約プランに入るためには、何かオーストラリアでの経歴などがなくてはならないらしい。プリペイド携帯を半年以上使用すれば契約できるとのことだった。それか、契約プランがよければ、三つ目の選択肢としてすでにTELSTRAで契約している知り合いのプランに入れてもらうことがあげられるらしい。ふむふむ。参考までにしよう。

 それから日用品と水洗浄ジャグのBRITAを買い、ぶらぶらしているともう夕方。フライトの疲れもあり、雨も強くなってきたので帰ることに。ここは、冬になるとよく曇り突然雨が降ってくる。決してスコールではないけど、イングランドのあの予報難な天候と似ている。

帰路の途中、おなかがすいていたし、カフェがあったので適当に入り、ラザニアを注文した。すると巨大なタッパーを持ってきた店員のお姉さんが、「もう今日ラザニアはこれだけしかないのよ。だから半額にするわ。いい?」と聞かれた。

え。

半分?

どう見ても二人分。

ハーフというよりダブルやろ、それは〜!とつっこみを入れたかったけど、ここはあえて「OK」といい、巨大なラザニアを食べ始めた。はっきり言っておいしくはなかったが、ボリュームはたっぷりだった。全部は食べられなかった。これが半分なんて。おそろしくなった!食べ物のサイズ基準がどうも違う。サイズはアメリカとあまり変わらないようだ。この調子ではすぐぷくぷくになってしまうぞー!食には充分気をつけようと心に誓った。

 部屋に戻ると疲れが増してきて、ちょっとだけソファに腰をかけた。なぜか買ったシャンプーとリンスのシリーズの説明書を読みはじめ、そうしているうちにうとうとなってきて、いつの間にか寝てしまっていた。

 目が覚めたのは、電話なのかアラームなのかいまいち把握できない不思議な音が鳴っていたからだった。何、何?携帯もないし、何だ?部屋に設置されてあった電話だった。寝ぼけて出ると、レセプションのお姉さんで、私に電話がかかっているから降りてこいとのことだった。誰だろう?あぁ、きっとあの子だ!

 ここに来る前に、偶然にも友達の友達が同じメルボルン大学の同じ専攻だと聞いていた。その子の番号を控えさせてもらっていたのを思い出し、向こうは私の番号は知らないはずなのに疑問にも思わず、彼女だと思い込み電話に出た。流暢な英語で話しかけてくれて、とても感じがよかった。ところどころ私は日本語を話し、今日一日の出来事や、共通の友達の話をし始めた。そうしはじめると何かがおかしい。どうもおかしい。話がかみ合ってないではないか!そう。私が話していたのは、まったく別の人だった!ミアンという私のメントールだった。渡航前に、大学側が新しい留学生のためにメントールとして上級生を一人つけてメルボルンの案内をし、少しでも早く馴染んでもらえるようにと気遣ったプログラムがあり、それに申し込んでおいたのだった。ミアンとも何度かE-mailで連絡をしていて、そういえば到着日に連絡を入れると言っていた。気づいたときに自分の勘違いに思わず笑いを吹き出し、しばらくずっと照れ笑いをしていた。勘違いを謝り、明日午前10時に会う約束をし、電話を切った。あー、恥ずかしかった。どおりで話がかみ合わなかったわけだ。

 そうだ。どうせならその友達の友達にも電話をしてみよう、と携帯の方にかけてみた。近くに住んでいるらしく、「今からこっち来ないか?」と聞かれ、「おお、いいね」という話になり、まだ7時半くらいだったので行くことにした。とりあえず眠気を覚ますために8時過ぎに会うことにし、さっとシャワーを浴びた。日本から何もお土産らしいお土産もなく、仕方がなかったので、ビスコ2袋(笑)と、あと出国の時におばあちゃんからいただいたお抹茶グッズを持って待合場所にでかけた。

 その子はレナという。小柄でおしゃれで落ち着いていて、初対面というのに共通の友達がいることであたかもお互い前から知っているような感覚で話した。その調子で彼女のアパートに着いた。

部屋へ行くと、ルームメートが二人いて、一人は料理をこしらえ、もう一人はお勉強をしていた。その二人は姉妹で、一人は同じメルボルン大学のまたもや自分と同じ専攻で、もう一人の子はモナッシュ大学でマルチメディアとコンピューティングという専門的な分野を専攻していた。メルボルンは、メルボルン大学、メルボルン工科大学、モナッシュ大学が主な高等教育機関らしい。みんな日本人の女の子で、和気藹々していた。ラザニアを食べたというのに、しかも食生活には気をつけようと心に誓ったのにもかかわらず、おいしそうなご飯の匂いと野菜に釣られてごちそうになることに。タイ風カレー味のチャーハンにサラダで、とてもおいしかった。そして胃袋ははちきれそうだった。

 話は絶えず弾み、お抹茶もたててあげることもでき、とても居心地の良い時間だった。ここら辺の学生の間では、携帯はTELSTRAよりOPTUSの方が圧倒的に人気で、そこなら契約も学生IDさえ発行してもらえたらできるよ、と役立つ情報も教えてくれた。何よりありがたかったのは、今は使っていないプリペイド形式の携帯電話があるということで、私が契約を結べるまでの1ヶ月間、使ってもいいと貸してくれた。残高の通話料だけ払い、これで機種料はただで済んだ。とりあえずこの一ヶ月の連絡方法は完璧だ!

 真夜中になり、夜は何かと物騒だからと部屋まで送ってもらい、がらんとしていたが少しだけあがってもらい、明日の予定なんかを話し、携帯の充電器をもらうのを忘れたことに気づき、明日取りに行くと約束した。なんて長い一日だったんだろう。

 メルボルンに来たという実感がまだわかないが、とりあえず明日のために寝ようとするか。



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